傀儡の恋
66
久々にあったハルマは、少しやせただろうか。
そんなことを思いながらも、ラウは彼等のそばで資料に目を通す。その隣ではキラが何かをプログラミングしていた。
「お茶にしましょう」
カリダとラクスがお盆を手に戻ってくる。
「こんな時間でなければ、俺がコーヒーを淹れたのですが」
そう言ったのはバルトフェルドだ。
「明日の朝、ごちそうになりましょう。ここに泊まるときはいつもそれが楽しみだからね」
即座にハルマがこう言い返す。
「それはそれは。気合いを入れて用意しないとだめですね」
笑みを浮かべながらバルトフェルドはグラスを手にした。おそらく中身はアルコールだろう。
「まぁ、今日はこれで」
「そうだね」
ハルマも同じようにグラスを持ち上げると笑って見せた。
「飲み過ぎないでくださいね」
カリダが不安げにそう声をかけている。
「もちろんだよ」
苦笑とともにそう言い返したあたり、過去に何か失敗した経験があるのだろうか。
バルトフェルドが相手であれば十分にあり得る話かもしれない。もっとも、自分はそれを伝聞でしか知らないのだが。
「……キラは?」
ふっとハルマがそう漏らす。
「あの子でしたら、お風呂にたたき込みましたわ」
カリダがそう言って微笑む。
「子ども達も一緒ですから心配はいらないと思いますし」
さらにラクスもこう言ってうなずく。
「昼間、お散歩に行きましたから。汗ぐらいは流してもらわないと」
彼女たちの言動だけでここにおける力関係がわかるというものだ。
「……湯あたりをしていなければいいのだが」
ふっとこんなセリフがラウの唇からこぼれ落ちる。
「その時は子ども達が教えに来てくれますわ」
ラクスが平然と言葉を返してきた。
「なるほど。一人で入れるよりも安全だと」
「えぇ。万が一の時にはお願いしますわ」
ラウがうなずけばラクスは即座にこう告げる。
「……それって、フラグか?」
にやにやと笑いを漏らしながらバルトフェルドが口を挟んできた。
「もう酔っていらっしゃるのですか?」
あきれたような口調でラウはそう言い返す。
「まさか。青少年のあれこれを楽しんでいるだけだよ」
それは自分のキラに対する執着をさして言っているのだろうか。それとも、と悩む。
「好きな人でもいるのかな?」
何かを察したのか。ハルマがそう問いかけてくる。
「残念ですが」
ラウが言葉を濁そうとしたときだ。
「声をかけられないだけだよな」
へたれめ、とバルトフェルドが笑いながら口にする。
「思いを告げられない相手と言うのもいますよ」
即座にそう言い返す。
「そういうあなたはどうなんです?」
暗にラミアスのことを告げればバルトフェルドは意味ありげな笑みを浮かべた。
「大人には大人の事情というものがあるのさ」
「それで振られては意味がないですね」
「……だから、お子様は……」
「そう思われるのでしたら、口を挟まないでいただけますか?」
この程度のやりとりはいつものことだ。もっとも、それをハルマ達が目にしたのは初めてなのだが。
「二人とも……」
まぁまぁ、とハルマが割って入ってくる。
「事情はわからないが、一度玉砕するのもいい経験だよ」
無理にとは言わないが。そう彼が付け加えたときだ。
「お兄ちゃんが!」
タオルを巻いただけの子どもが部屋に駆け込んでくる。
「……ラウ様?」
「服を着せてベッドに放り込んできます。適当なところで何か飲み物を持ってきてください」
心配していたことが現実になると妙に頭の芯が冷えるものらしい。そんなことを考えながら、ラウは行動を開始した。